詩のPage
ルンブール谷
その谷には
水音が響いていた
おそらくとおい昔から
村人の体の中からの響きのように
その谷は
緑あふれるリンゴの季節だった
村中の人がリンゴを食べていた
リンゴの季節の終わるまで
その谷には古くからの神々が
今も生きていた
密かにこの種族の
秘密を守りながら
春、秋、冬の祭りの日
神々は葡萄酒とともに蘇った
その谷では
女は不浄と言われていた
なぜなのかは
みな忘れていた
女たちは子を産み育て
その不浄をもって
人間の不浄を清めていた
それは愛なのだと旅人は思った
その谷の夜は深く
眠る人々の上に
静に星々が輝いていた
夜更けて星が流れた
はかり知れない神秘へと誘うように
いくつもいくつも
星が流れた
アッパラマーケットの壁に沿って歩いていたら
アッパラマーケットの壁に沿って
歩いていたら
若い男が聞いた
「どこから来たの? チャイナ? コリア?」
私は答えた
「ニホンから」
アッパラマーケットの壁に沿って
歩いていたら
くだもの屋のおやじが
言った
「バナナ買わんかね?」
「じゃあ、バナナひとふさ」
でも私はインゲン豆を買いに来た
夢みて眠っている生命を1キログラム
アッパラマーケットの壁に沿って
歩いていたら
白いパルダの婦人が聞いた
「どこへ行くんだい?」
私は答えた
「遠い昔の遺跡を見に・・・」
この世界から消えつつあるもの・・・・
遠い日々からの人々の声を聞きに・・・・・
アパッラマーケットの壁に沿って
歩いていたら
サトウキビ売りの子供が聞いた
「どこからきたの? チャイナ? コリア?」
「太陽から」と私は答え
「ウソだ ウソだ」と子供は言った
アッパラマーケットの壁に沿って
いていたら
物乞いの老女が言った
「どこへ行くんかね?」
「私は帰るところ
この壁の向こうへ帰ろところ
「どこへ帰るんだい?」
・・・・・・・・
でも、本当に帰る日には
私は宇宙に帰りたい
バニヤンの樹
雑草や灌木に隠された細い道の奥に
巨大なバニヤンの古木があり
その根元には小さな祠があった
野生の桑の樹が広がる 林の中で
ほとんど忘れられたまま
その樹は樹根を何本も大地に下ろし
それぞれがまた巨樹に成長していた
その樹の洞には大きなトカゲが棲んだ
その樹の洞にはある時イランから逃げて来たという
仏教徒の青年が隠れるように棲んでいた事があった
その地がガンダーラと呼ばれたころ
その樹はそこに植えられ
人々を夏の太陽から守り
その下に置かれた土壷の水で
人々はのどを潤したということだ
時を経てその地には別の宗教が広まり
かっての宗教は邪教として退けられ
その樹も狂信的な宗教者たちから疎まれるようになった
ある夜、明か明かと火の手が上がるのを見た
と人々は言った
ある日その樹を訪れたひとはそこに黒々と巨大な炭のミイラに
なったバニヤンの老木の死骸を見たのだ
そして黒々と焼けこげた死骸のひろがるその端しの方にちいさな
バニヤンの若木たちが人間の目から逃れて幾本も生えていた
街角をまがって
街角をまがって 街角をまがって
枯れ葉がカラカラと 吹かれてくる
街角をまがって 街角をまがって
「つまづきの石」に出会う
街角をまがって 街角をまがって
パスポートを失くした事に気づく
街角をまがって 街角をまがって
痩せた野良犬に出会う
街角をまがって 街角をまがって
いつかどこかの街角を曲がっていた事を思い出す
フト(わたしの小さな)孤独を感じる
不思議な私の習性
街角をまがって 街角をまがって
亡き母に似た後ろ姿が遠のいて行く
白い月が浮かんでいる真昼
街角をまがって 街角をまがって
真っ赤なスニーカーがゴミ箱に
突き刺さっているのを見る
街角をまがって 街角をまがって
並木の下の歩道で小さな国旗
の刺さった犬の糞が落ちている
街角をまがって 街角をまがって
子どもたちが蟻の行列に小枝でいたずらしていて
街角をまがって 街角をまがって
ミミズが「?」の形にひからびて死んでいた
街角をまがって 街角をまがって
自称ストリートアーテイストに出会う
「町の巨大なゴミ箱にはアートの材料は幾らでもある
これ、僕のアドレス」
街角をまがって 街角をまがって
教えられた場所にはいつまでもたどり着かない、、、